大だい般はつ涅ね槃はん経ぎょう 巻かんの第だい一いち

宋そう代だい沙しゃ門もん慧え嚴ごん等らは泥ない洹おん經きょうに依よりて之これを加くわう

序じょ品ぼん第だい一いち

是かくの如ごとく我われは聞きけり。一ある時とき、佛ぶつは拘く尸し城じょう力りき士しの生せい地ち、阿あ夷い羅ば跋ら提だい河がの邊ほとりの娑しゃ羅ら雙そう樹じゅの間あいだに在おわしたもう。爾その時ときに、世せ尊そんは大だい比び丘く八はち十じゅう億おく百ひゃく千せん人にんが倶ともに前ぜん後ごを圍い遶にょうするを與ゆるしたもう。二に月がつ十じゅう五ご日にち、涅ね槃はんに臨のぞみたもう時とき、佛ぶつの神じん力りきを以もって大だい音おん聲じょうを出いだしたもう。其その聲こえは遍へん滿まんし乃かくて有う頂ちょうに至いたる。其その類るいの音おとに隨したいて普あまく衆しゅ生じょうに告つげたまわく、

今こん日にち、如にょ來らい・應おう供ぐ・正しょう遍へん知ちは衆しゅ生じょうを憐あ愍われみ、衆しゅ生じょうを覆ま護もり、等ひとしく衆しゅ生じょうを視みたもうこと羅ら睺ご羅らの如ごとし。歸き依えを作なさ爲しめ、世せ間けんの舍やどりと爲なりたもう。大だい覺かく・世せ尊そんは涅ね槃はんしたまわんと將ほ欲っす。一いっ切さい衆しゅ生じょうが若もし疑うたがう所ところ有あらば、今いま悉ことごとくく問とう可べし。最さい後ごの問といと爲ならんと。

爾その時ときに、世せ尊そんは晨じん朝じょうの時ときに於おいて其その面めん門もんより種しゅ種じゅの光ひかりを放はなちたまえり。其その明あかりの雜まじれる色いろは青あお・黄きい・赤あか・白しろ・頗は梨り・馬め瑙のうにして、光ひかりは遍あまねく此この三さん千ぜん大だい千せんの佛ぶつの世せ界かいを照てらしたもう。乃ない至し十じっ方ぽうも亦ま復たた是かくの如ごとし。其その中なか、所有あらゆる六ろく趣しゅの衆しゅ生じょうの、斯その光ひかりに遇あう者ひとは、罪ざい垢くの煩ぼん惱のうは一す切べて消しょう除じょせり。是その諸もろもろの衆しゅ生じょうは是これを見けん聞もんし已おわりりて、心こころが大おおいに憂う惱のうし、同どう時じに聲こえを擧あげて悲ひ號ごうし啼たい哭こくせり。

嗚あ呼あ、慈じ父ふは痛いたましき哉かな、苦くなる哉やと。

手てを擧あげて頭こうべを拍たたき、胸むねを槌うちて大はげしく呌さけべり。其その中なかの或ある有ひとは身しん體たいが戰おののき慄ふるえて涕たい泣きゅうし哽む咽せべり。爾その時ときに、大だい地ち・諸しょ山せん・大だい海かいは皆こと悉ごとく震しん動どうす。時ときに諸もろもろの衆しゅ生じょうは共と相もに謂言いわく、「且しばらく各おのおのは裁おさ抑えつけて大はげしく愁しゅう苦くすること莫なかれ。當まさに共ともに疾すみやかに拘く尸し城じょう・力りき士しの生しょう處しょに往おう詣けいし、如にょ來らいの所みもとに至いたり、頭ず面めんもて禮らい敬きょうして、『如にょ來らいは般はつ涅ね槃はんしたもうこと莫なく、世よに一いっ劫こう若もしくは減げん一いっ劫こう住とどまりたまえ』と勸かん請じょうすべし」と。互た相がいに手てを執とりて、復また是この言ことばを作なせり。

世せ間けんよ虚こ空くうよ、衆しゅ生じょうの福ふく盡つきなん。不ふ善ぜんの諸しょ業ごうは増ぞう長ちょうして世よに出いでん。仁にん等ら今いま當まさに速すみやかに往ゆき速すみやかに往ゆくべし。如にょ來らいは久ひさしからずして必かならず涅ね槃はんに入いりたまわん。復また是この言げんを作なせり、世せ間けんよ虚こ空くうよ、世せ間けんよ虚こ空くうよ、我われ等今いまより救く護ご有ること無なけん。宗そう仰ごうする所ところ無なく貧びん窮ぐう孤こ露ろならん。一いっ旦たん無む上じょうの世せ尊そんに遠おん離りせられなば、設もし疑ぎ惑わく有らば當まさに復また誰たれにか問とうべきと。

時ときに無む量りょうの諸もろもろの大だい弟で子し有り。尊そん者じゃ摩ま訶か迦か旃せん延ねん、尊そん者じゃ薄はく倶く羅ら、尊そん者じゃ優う波ば難なん陀だ、是かくの如ごとき等とうの諸もろもろの大だい比び丘くの佛ぶっ光こうに遇あう者ものは、其その身み戰せん掉じょうして乃ない至し大だい動どうに至いたり自みずから持じする能あたわず。心こころ濁にごり迷めい悶もんして聲こえを發はっして大おおいに呌さけぶ。是かくの如ごとき等とうの種しゅ種じゅの苦く惱のうを生しょうず。爾その時ときに復また八はち十じゅう百ひゃく千せんの諸もろもろの比び丘く等ら有り。皆みな阿あ羅ら漢かんにして心こころ自じ在ざいを得え、作なす所ところ已すでに辦べんじ、諸もろもろの煩ぼん惱のうを離はなれ諸しょ根こんを調ちょう伏ぶくす。大だい龍りゅう王おうの大だい威い徳とく有るが如ごとく、空くう慧えを成じょう就じゅして己こ利りを逮たい得とくす。旃せん檀だん林りんの旃せん檀だんに圍い遶にょうせらるるが如ごとく、師し子し王おうの師し子しに圍い遶にょうせらるるが如ごとし。是かくの如ごとき無む量りょうの功く徳どくを成じょう就じゅす。一いっ切さいは皆みな是これ佛ぶつの眞しん子しなり。各おのおの晨じん朝じょう日ひ初はじめて出いづる時ときに於おいて、常じょう住じゅうの處ところを離はなれて方まさに楊よう枝じを用もちう。佛ぶつの光こう明みょうに遇あいて更さらに相あい謂いいて言いわく、仁にん等ら宜よろしく速すみやかに澡そう漱そうして清しょう淨じょうなるべしと。是この言げんを作なし已おりて、身みの毛け竪よだちて遍へん體たいに血ち現げんずること波は羅ら奢しゃ花げの如ごとし。涕たい泣きゅう目めに盈みちて大だい苦く惱のうを生しょうず。衆しゅ生じょうを利り益やく安あん樂らくならしめんと欲ほっするが爲ために、大だい乘じょう第だい一いちの空くう行ぎょうを成じょう就じゅし、如にょ來らいの方ほう便べん密みっ教きょうを顯けん發ぽつす。種しゅ種じゅの説せっ法ぽうを斷だん絶ぜつせざらんが爲ために、諸もろもろの衆しゅ生じょう調ちょう伏ぶくの因いん縁ねんの故ゆえに、疾すみやかに佛ぶっ所しょに至いたりて佛ぶつの足あしを稽けい首しゅし、百ひゃく千せん匝そうを繞めぐり、合がっ掌しょう恭く敬ぎょうして却しりぞきて一いち面めんに坐ざす。

爾その時ときに復また拘く陀だ羅ら女にょ、善ぜん賢げん比び丘く尼に、優う波ば難なん陀だ比び丘く尼に、海かい意い比び丘く尼に、六ろく十じゅう億おくの比び丘く尼に等らと與ともに有り。一いっ切さいも亦また是これ大だい阿あ羅ら漢かんにして、諸しょ漏ろ已すでに盡つき心こころ自じ在ざいを得え、作なす所ところ已すでに辦べんじ諸もろもろの煩ぼん惱のうを離はなれ、諸しょ根こんを調ちょう伏ぶくすること猶なお大だい龍りゅうの如ごとし。大だい威い徳とく有りて空くう慧えを成じょう就じゅす。亦また晨じん朝じょう日ひ初はじめて出いづる時ときに於おいて、身みの毛け竪よだちて遍へん體たいに血ち現げんずること波は羅ら奢しゃ花げの如ごとし。涕たい泣きゅう目めに盈みちて大だい苦く惱のうを生しょうず。亦また衆しゅ生じょうを利り益やく安あん樂らくならしめんと欲ほっし、大だい乘じょう第だい一いちの空くう行ぎょうを成じょう就じゅし、如にょ來らいの方ほう便べん密みっ教きょうを顯けん發ぽつす。種しゅ種じゅの説せっ法ぽうを斷だん絶ぜつせざらんが爲ために、諸もろもろの衆しゅ生じょう調ちょう伏ぶくの因いん縁ねんの故ゆえに、疾すみやかに佛ぶっ所しょに至いたりて佛ぶつの足あしを稽けい首しゅし、百ひゃく千せん匝そうを遶めぐり、合がっ掌しょう恭く敬ぎょうして却しりぞきて一いち面めんに坐ざす。比び丘く尼に衆しゅの中なかに於おいて復また諸もろもろの比び丘く尼に有り、皆みな是これ菩ぼ薩さつにして人にん中ちゅうの龍りゅうなり。位くらい十じゅっ地じに階かいり安あん住じゅうして動どうぜず、衆しゅ生じょうを化けせんが爲ために現げんに女にょ身しんを受うけ、而しかも常つねに四し無む量りょう心しんを修しゅ集じゅうし、自じ在ざい力りきを得えて能よく化けして佛ぶつと作なる。

爾その時ときに復また一いち恒ごう河が沙しゃの菩ぼ薩さつ摩ま訶か薩さつ有り。人にん中ちゅうの龍りゅうにして位くらい十じゅっ地じに階かいり、安あん住じゅう不ふ動どうにして方ほう便べんもて身みを現げんず。其その名なを海かい徳とく菩ぼ薩さつ、無む盡じん意い菩ぼ薩さつと曰いう。是かくの如ごとき等とうの菩ぼ薩さつ摩ま訶か薩さつ、上じょう首しゅと爲なる。其その心こころ皆みな悉ことごとく大だい乘じょうを敬きょう重じゅうし、大だい乘じょうに安あん住じゅうして深ふかく大だい乘じょうを解げし、大だい乘じょうを愛あい樂ぎょうし大だい乘じょうを守しゅ護ごし、善よく能よく一いっ切さい世せ間けんに隨ずい順じゅんす。是この誓せい言ごんを作なさく、諸もろもろの未いまだ度どせられざる者ものをば當まさに度どすることを得えしむべしと。已すでに過か世せの無む數すう劫こうの中なかに於おいて淨じょう戒かいを修しゅ持じし、善よく行ぎょうずる所ところを持じして未いまだ解げせざる者ものを解げせしめ、三さん寶ぼうの種しゅを紹つぎて斷だん絶ぜつせざらしめ、未み來らい世せに於おいて當まさに法ほう輪りんを轉てんずべし。大だい莊しょう嚴ごんを以もって自みずから莊しょう嚴ごんし、是かくの如ごとき無む量りょうの功く徳どくを成じょう就じゅす。等ひとしく衆しゅ生じょうを觀かんずること一いっ子しを視みるが如ごとし。亦また晨じん朝じょう日ひ初はじめて出いづる時ときに於おいて、佛ぶつの光こう明みょうに遇あい身みの毛け竪よだちて遍へん體たいに血ち現げんずること波は羅ら奢しゃ花げの如ごとし。涕たい泣きゅう目めに盈みちて大だい苦く惱のうを生しょうず。亦また衆しゅ生じょうを利り益やく安あん樂らくならしめんが爲ために、大だい乘じょう第だい一いちの空くう行ぎょうを成じょう就じゅし、如にょ來らいの方ほう便べん密みっ教きょうを顯けん發ぽつす。種しゅ種じゅの説せっ法ぽうを斷だん絶ぜつせざらんが爲ために、諸もろもろの衆しゅ生じょう調ちょう伏ぶくの因いん縁ねんの故ゆえに、疾すみやかに佛ぶっ所しょに至いたりて佛ぶつの足あしを稽けい首しゅし、百ひゃく千せん匝そうを繞めぐり、合がっ掌しょう恭く敬ぎょうして却しりぞきて一いち面めんに坐ざす。

爾その時ときに復また二に恒ごう河が沙しゃの諸もろもろの優う婆ば塞そく有り。五ご戒かいを受じゅ持じして威い儀ぎ具ぐ足そくせり。其その名なを威い徳とく無む垢く稱しょう王おう優う婆ば塞そく、善ぜん徳とく優う婆ば塞そく等とうと曰いい、上じょう首しゅと爲なる。深ふかく諸もろもろの對たい治じ門もんを樂ねがい觀かん察さつす。所いわ謂ゆる苦く樂らく・常じょう無む常じょう・淨じょう不ふ淨じょう・我が無む我が、實じつ不ふ實じつ・歸き依え非ひ歸き依え・衆しゅ生じょう非ひ衆しゅ生じょう・恒ごう非ひ恒ごう・安あん非ひ安あん・爲い無む爲い・斷だん不ふ斷だん・涅ね槃はん非ひ涅ね槃はん・増ぞう上じょう非ひ増ぞう上じょう、常つねに是かくの如ごとき等とうの法ほう對たい治じの門もんを樂ねがい觀かん察さつす。亦また無む上じょうの大だい乘じょうを樂ねがい聞きかんと欲ほっし、聞きく所ところの如ごとく已すでに能よく他たの爲ために説とき、善よく淨じょう戒かいを持たもちて大だい乘じょうを渇かつ仰ごうす。既すでに自みずから充じゅう足そくし復また能よく餘よの渇かつ仰ごうする者ものを充じゅう足そくせしめ、善よく能よく無む上じょうの智ち慧えを攝しょう取しゅす。大だい乘じょうを愛あい樂ぎょうし大だい乘じょうを守しゅ護ごし、善よく能よく一いっ切さい世せ間けんに隨ずい順じゅんす。未いまだ度どせられざる者ものを度どし、未いまだ解げせざる者ものを解げし、三さん寶ぼうの種しゅを紹つぎて斷だん絶ぜつせざらしめ、未み來らい世せに於おいて當まさに法ほう輪りんを轉てんずべし。大だい莊しょう嚴ごんを以もって自みずから莊しょう嚴ごんし、心こころ常つねに深ふかく清しょう淨じょうの戒かい行ぎょうを味あじわい、悉ことごとく能よく是かくの如ごとき功く徳どくを成じょう就じゅす。諸もろもろの衆しゅ生じょうに於おいて大だい悲ひ心しんを生しょうじ、平びょう等どう無む二ににして一いっ子しを視みるが如ごとし。亦また晨じん朝じょう日ひ初はじめて出いづる時ときに於おいて、如にょ來らいの身みを闍じゃ毘びせんと欲ほっするが故ゆえに、人にん人にん各おのおの香こう木もく萬まん束そくを取とる。栴せん檀だん・沈じん水すい・牛ご頭ず栴せん檀だん・天てん木もく香こう等とうなり。是この一いち一いちの木きは文もん理り及び附ふ、皆みな七しち寶ほうの微み妙みょうの光こう明みょう有り。譬たとえば種しゅ種じゅの雜ざつ彩さい畫が飾しょくの如ごとし。佛ぶつ力りきを以もっての故ゆえに是この妙みょう色しき青しょう黄おう赤しゃく白びゃく有り。諸もろもろの衆しゅ生じょうの樂ねがい見みる所ところと爲なる。諸もろもろの木き皆みな種しゅ種じゅの香こうを以もって塗ぬる。欝うっ金こん・沈じん水すい及び膠こう香こう等とうなり。散さんずるに諸もろもろの花はなを以もって莊しょう嚴ごんと爲なす。優う鉢は羅ら花げ・拘く物もつ頭ず花げ・波は頭ず摩ま花げ・分ふん陀だ利り花げなり。諸もろもろの香こう木もくの上うえに五ご色しきの幡はたを懸かく。柔にゅう軟なん微み妙みょうにして猶なお天てん衣ね・憍きょう奢しゃ耶や衣え・芻すう摩ま繒ぞう綵さいの如ごとし。是この諸もろもろの香こう木もくは載さいするに寶ほう車しゃを以もってす。是この諸もろもろの寶ほう車しゃは種しゅ種じゅの光ひかり青しょう黄おう赤しゃく白びゃくを出いだす。轅えん輻ふく皆みな七しち寶ほうを以もって厠し填てんす。是この一いち一いちの車くるまは駕がするに四し馬めを以もってす。是この一いち一いちの馬うまは駿しゅん疾しつなること風かぜの如ごとし。一いち一いちの車しゃ前ぜんに五ご十じゅうの七しち寶ほうの妙みょう幢どうを竪じゅ立りゅうす。眞しん金こんの羅ら網もう彌あまねく其その上うえを覆おおう。一いち一いちの寶ほう車しゃに復また五ご十じゅうの微み妙みょうの寶ほう蓋がい有り。一いち一いちの車しゃ上じょうに諸もろもろの花け鬘まんを垂たる。優う鉢は羅ら花げ・拘く物もつ頭ず花げ・波は頭ず摩ま花げ・分ふん陀だ利り花げなり。其その花はなは純もっぱら眞しん金こんを以もって葉ようと爲なし金こん剛ごうを以もって臺だいと爲なす。是この花け臺だいの中なかに多おおく黒こく蜂ぽう有り。其その中なかに遊ゆう集じゅうして歡かん娯ごして樂らくを受うく。又また妙みょう音おんを出いだす。所いわ謂ゆる無む常じょう・苦く・空くう・無む我がなり。是この音おん聲じょうの中なかに復また菩ぼ薩さつ本もとの行ぎょうぜし所ところの道どうを説とく。復また種しゅ種じゅの歌か舞ぶ伎ぎ樂がく・箏そう・笛てき・箜くう篌ご・簫しょう・瑟しつ・鼓く吹すい有り。是この樂がく音おんの中なかに復また是この言げんを出いだす、苦くなる哉かな苦くなる哉かな世せ間けん虚こ空くうと。一いち一いちの車しゃ前ぜんに優う婆ば塞そくの四し寶ほうの案あん有り。是この諸もろもろの案あんの上うえに種しゅ種じゅの花はな有り。優う鉢は羅ら花げ・拘く物もつ頭ず花げ・波は頭ず摩ま花げ・分ふん陀だ利り花げなり。欝うっ金こんの諸しょ香こう及び餘よの薫くん香こう微み妙みょうにして第だい一いちなり。諸もろもろの優う婆ば塞そくは佛ぶつ及び僧そうの爲ために、諸もろもろの食じき具ぐを辦べんじて種しゅ種じゅ備び足そくす。皆みな是これ栴せん檀だん沈じん水すいの香こう薪しん、八はち功く徳どく水すいの成じょう熟じゅくする所ところなり。其その食じきは甘かん美みにして六ろく種しゅの味あじ有り。一いちに苦く、二にに醋さく、三さんに甘かん、四しに辛しん、五ごに醎かん、六ろくに淡たんなり。復また三さん徳とく有り。一いちには輕きょう軟なん、二にには淨じょう潔けつ、三さんには如にょ法ほうなり。是かくの如ごとき等とうの種しゅ種じゅの莊しょう嚴ごんを作なし、力りき士し生しょう地ちの娑しゃ羅ら雙そう樹じゅの間あいだに至いたる。復また金こん沙しゃを以もって遍あまねく其その地ちに布しく。迦か陵りょう伽が衣え・欽きん婆ば羅ら衣え及び繒ぞう綵さいの衣ころもを以もって沙すなの上うえを覆おおう。周しゅう匝そう遍あまねく十じゅう二に由ゆ旬じゅんに滿みつ。佛ぶつ及び僧そうの爲ために七しち寶ほう師し子しの座ざを敷ふ置ちす。其その座ざ高こう大だいなること須しゅ彌み山せんの如ごとし。是この諸もろもろの座ざの上うえに皆みな寶ほう帳ちょう有りて諸もろもろの瓔よう珞らくを垂たる。諸もろもろの娑しゃ羅ら樹じゅに悉ことごとく種しゅ種じゅの微み妙みょうの幡はた蓋がいを懸かく。種しゅ種じゅの好こう香こうを用もちて樹きに塗ぬる。種しゅ種じゅの名みょう花げを以もって樹きの間あいだに散ちらす。諸もろもろの優う婆ば塞そく各おのおの是この念ねんを作なさく、一いっ切さいの衆しゅ生じょう若もし乏とぼしき所ところ有らば、飮おん食じき・衣え服ぶく・頭ず目もく・支し體たい、其その須もちうる所ところに隨したがいて皆みな悉ことごとく給きゅう與よせんと。是この施せを作なす時とき、欲よく・瞋しん恚に・穢え濁じょくの毒どく心しんを離はなれ、餘よの思し願がん世よの福ふく樂らくを求もとむる無なく、唯ただ無む上じょう淸しょう淨じょうの菩ぼ提だいのみを志こころざす。是この優う婆ば塞そく等らは皆みな已すでに菩ぼ薩さつの道どうに安あん住じゅうせり。復また是この念ねんを作なさく、如にょ來らい今いま我わが食じきを受うけ已おりて當まさに涅ね槃はんに入いりたまうべしと。是この念ねんを作なし已おりて、身みの毛け皆みな竪よだちて遍へん體たいに血ち現げんずること波は羅ら奢しゃ花げの如ごとし。涕たい泣きゅう目めに盈みちて大だい苦く惱のうを生しょうず。各おのおの供く養ようの具ぐを齎さい持じして載さいするに寶ほう車しゃを以もってす。香こう木もく・幢どう幡ばん・寶ほう蓋がい・飮おん食じきなり。疾すみやかに佛ぶっ所しょに至いたりて佛ぶつ足そくを稽けい首しゅし、其その持もつ所ところの供く養ようの具ぐを以もって如にょ來らいを供く養ようせんと欲ほっす。百ひゃく千せん匝そうを遶めぐり、聲こえを擧あげて號ごう泣きゅうし哀かなしみ天てん地ちを動うごかす。胸むねを槌うち大おおいに呌さけび涙なみだ下くだること雨あめの如ごとし。復また相あい謂いいて言いわく、苦くなる哉かな仁にん者じゃ、世せ間けんよ虚こ空くうよ世せ間けんよ虚こ空くうよと。便すなわち自みずから身みを擧あげて如にょ來らいの前まえに投とうじ、佛ぶつに白もうして言もうさく、唯ただだ願ねがわくは如にょ來らい、哀あわれみて我われ等が最さい後ごの供く養ようを受うけたまえと。世せ尊そん、時ときを知しりて默もく然ねんとして受うけたまわず。是かくの如ごとく三みたび請しょうずるも悉ことごとく皆みな許ゆるしたまわず。諸もろもろの優う婆ば塞そく願ねがう所ところを果はさず、心こころに悲ひ惱のうを懷いだきて默もく然ねんとして住じゅうす。猶なお慈じ父ふの唯ただ一いっ子し有りて卒にわかに病やんで命みょう終じゅうし殯ひん送そうして還げん歸きするに極きわめて大おおいに憂ゆう惱のうするが如ごとし。諸もろもろの優う婆ば塞そくの悲ひ泣きゅう懊おう惱のうすること亦また復またた是かくの如ごとし。諸もろもろの供く具ぐを以もって一いっ處しょに安あん置ちし、却しりぞきて一いち面めんに住じゅうして默もく然ねんとして坐ざす。

爾その時ときに復また三さん恒ごう河が沙しゃの諸もろもろの優う婆ば夷い有り。五ご戒かいを受じゅ持じして威い儀ぎ具ぐ足そくせり。其その名なを壽じゅ徳とく優う婆ば夷い、徳とく鬘まん優う婆ば夷い、毘び舍しゃ佉きゃ優う婆ば夷い等とうと曰いい、八はち萬まん四し千せんにして上じょう首しゅと爲なる。悉ことごとく能よく正しょう法ぼうを護ご持じするに堪かん任にんす。無む量りょう百ひゃく千せんの衆しゅ生じょうを度どせんが爲ための故ゆえに、女にょ身しんを現げんじて家け法ぽうを呵か責しゃくす。自みずから己おのれが身みを觀かんずること四し毒どく蛇じゃの如ごとし。是この身みは常つねに無む量りょうの諸しょ蟲ちゅうの唼しょう食じきする所ところと爲なる。是この身みは臭しゅう穢わいにして貪とん欲よくの獄ごくに縛ばくらる。是この身みは惡にくむ可べきこと猶なお死し狗くの如ごとし。是この身みは不ふ淨じょうにして九く孔く常つねに流ながる。是この身みは城じょうの如ごとく血けつ肉にく筋きん骨こつ皮ひ其その上うえを裹つつむ。手しゅ足そくは以もって却きゃく敵てき樓ろう櫓ろと爲なり、目めは竅きょう孔こうと爲なり、頭ずは殿でん堂どうと爲なり、心しん王おう中ちゅうに處しょす。是かくの如ごとき身しん城じょうは諸しょ佛ぶつ世せ尊そんの棄き捨しゃする所ところなり。凡ぼん夫ぷ愚ぐ人にんは常つねに味み著じゃくする所ところなり。貪とん婬いん・瞋しん恚に・愚ぐ癡ちの羅ら刹せつ其その中なかに止し住じゅうす。是この身みは堅かたからず、猶なお蘆ろ葦い・伊い蘭らん・水すい沫まつ・芭ば蕉しょうの樹きの如ごとし。是この身みは無む常じょうにして念ねん念ねんに住じゅうせず、猶なお電でん光こう・暴ぼう水すい・幻げん炎えんの如ごとし。亦また畫が水すいの畫えがくに隨したがいて合ごうするが如ごとし。是この身みは壞やぶれ易やすきこと猶なお河か岸がんの峻けわしきに臨のぞむ大だい樹じゅの如ごとし。是この身みは久ひさしからずして當まさに狐こ狠こん・鵄し梟きょう・鵰ちょう鷲じゅ・烏う鵲じゃく・餓が狗くの食じき噉たんする所ところと爲なるべし。誰たれか智ち者じゃ有りて當まさに此この身みを樂ねがうべき。寧むしろ牛ご跡しゃくを以もって大だい海かいの水みずを盛もらんも、具つぶさに説とくこと能あたわず、是この身みの無む常じょう不ふ淨じょう臭しゅう穢わいなることを。寧むしろ大だい地ちを丸まるめて棗なつめの如ごとくならしめ、漸ぜん漸ぜんに轉てんじて小ちいさくして猶なお葶てい藶れき子しの如ごとくならしめ乃ない至し微み塵じんならしむとも、是この身みの過か患げんを具つぶさに説とくこと能あたわず。是この故ゆえに當まさに捨すつること涕てい唾だを棄すつるが如ごとくすべし。是この因いん縁ねんを以もって諸もろもろの優う婆ば夷いは、空くう・無む相そう・無む願がんの法ほうを以もって常つねに其その心こころを修しゅす。深ふかく大だい乘じょう經きょう典てんを諮し受じゅせんことを樂ねがい、聞きき已おりて亦また能よく他たの爲ために演えん説ぜつす。本ほん願がんを護ご持じして女にょ身しんを毀き呰しす。甚はなはだ患げん厭えんす可べく性しょう堅けん牢ろうならず。心こころ常つねに是かくの如ごとき正しょう觀かんを修しゅ集じゅうす。生しょう死じ無む際さいの輪りん轉てんを破は壞えす。大だい乘じょうを渇かつ仰ごうして既すでに自みずから充じゅう足そくし、復また能よく餘よの渇かつ仰ごうする者ものを充じゅう足そくせしむ。深ふかく大だい乘じょうを樂ねがい大だい乘じょうを守しゅ護ごす。女にょ身しんを現げんずと雖いえども實じつに是これ菩ぼ薩さつなり。善よく能よく一いっ切さい世せ間けんに隨ずい順じゅんす。未いまだ度どせられざる者ものを度どし、未いまだ解げせざる者ものを解げし、三さん寶ぼうの種しゅを紹つぎて斷だん絶ぜつせざらしめ、未み來らい世せに於おいて當まさに法ほう輪りんを轉てんずべし。大だい莊しょう嚴ごんを以もって自みずから莊しょう嚴ごんし、禁ごん戒かいを堅けん持じす。皆みな悉ことごとく是かくの如ごとき功く徳どくを成じょう就じゅす。諸もろもろの衆しゅ生じょうに於おいて大だい悲ひ心しんを生しょうじ、平びょう等どう無む二ににして一いっ子しを視みるが如ごとし。亦また晨じん朝じょう日ひ初はじめて出いづる時ときに於おいて、各おのおの相あい謂いいて言いわく、今こん日にち宜よろしく應まさに雙そう樹じゅの間あいだに至いたるべしと。諸もろもろの優う婆ば夷いの設もうくる所ところの供く具ぐは前まえに倍ばいして勝すぐれたり。持じちて佛ぶっ所しょに至いたり佛ぶつ足そくを稽けい首しゅし、百ひゃく千せん匝そうを遶めぐりて佛ぶつに白もうして言もうさく、世せ尊そん、我われ等今いまは佛ぶつ及び僧そうの爲ために諸もろもろの供く具ぐを辦べんず。唯ただだ願ねがわくは如にょ來らい哀あわれみて我わが供くを受うけたまえと。如にょ來らい默もく然ねんとして許きょ可かしたまわず。諸もろもろの優う婆ば夷い願ねがう所ところを果はさず心こころに惆ちゅう悵ちょうを懷いだきて却しりぞきて一いち面めんに坐ざす。

爾その時ときに復また四し恒ごう河が沙しゃの毘び舍しゃ離り城じょうの諸もろもろの離り車しゃ等らの男なん女にょ大だい小しょう妻さい子し眷けん屬ぞく有り。及および閻えん浮ぶ提だいの諸しょ王おうの眷けん屬ぞくなり。法ほうを求もとめんが爲ための故ゆえに、善よく戒かい行ぎょうを修おさめて威い儀ぎ具ぐ足そくせり。異い學がくの正しょう法ぼうを壞やぶる者ものを摧さい伏ぶくす。常つねに相あい謂いいて言いわく、我われ等當まさに金こん銀ごんの倉そう庫こを以もって、甘かん露ろ無む盡じんの正しょう法ぼう深じん奧おうの藏ぞうをして久ひさしく世よに住じゅうせしめんが爲ためにすべし。願ねがわくは我われ等をして常つねに修しゅ學がくすることを得えしめよと。若もし佛ぶつの正しょう法ぼうを誹ひ謗ぼうする者もの有らば、當まさに其その舌したを斷だんずべし。復また是この願がんを作なさく、若もし出しゅっ家けして禁ごん戒かいを毀やぶる者もの有らば、我われ當まさに罷やめて還げん俗ぞくせしめ策さく使しすべし。能よく深ふかく正しょう法ぼうを護ご持じすることを樂ねがう者もの有らば、我われ當まさに敬きょう重じゅうすること父ふ母もに事つかうるが如ごとくすべし。若もし衆しゅ僧そう能よく正しょう法ぼうを修しゅする者もの有らば、我われ當まさに隨ずい喜きして勢せい力りきを得えしめん。常つねに大だい乘じょう經きょう典てんを樂ねがい聞きかんと欲ほっし、聞きき已おりて亦また能よく人ひとの爲ために廣こうく説とく。皆みな悉ことごとく是かくの如ごとき功く徳どくを成じょう就じゅす。其その名なを淨じょう無む垢く藏ぞう離り車しゃ子し、淨じょう不ふ放ほう逸いつ離り車しゃ子し、恒ごう水すい無む垢く淨じょう徳とく離り車しゃ子しと曰いう。是かくの如ごとき等とう各おのおの相あい謂いいて言いわく、仁にん等ら今いま速すみやかに佛ぶっ所しょに往ゆく可べし。辦べんずる所ところの供く養ようは種しゅ種じゅ具ぐ足そくせりと。一いち一いちの離り車しゃ各おのおの八はち萬まん四し千せんの大だい象ぞう、八はち萬まん四し千せんの駟し馬め寶ほう車しゃ、八はち萬まん四し千せんの明みょう月がち寶ほう珠じゅ、天てん木もく栴せん檀だん沈じん水すいの薪しん束そくを嚴ごんう。種しゅ種じゅ各おのおの八はち萬まん四し千せん有り。一いち一いちの象ぞうの前まえに寶ほう幢どう幡ばん蓋がい有り。其その蓋がいの小ちいさき者ものは周しゅう匝そう縱じゅう廣こう一いち由ゆ旬じゅんに滿みつ。幡はたの最もっとも短みじかき者ものは長ながさ三さん十じゅう三さん由ゆ旬じゅんなり。寶ほう幢どうの卑ひくき者ものは高たかさ百ひゃく由ゆ旬じゅんなり。是かくの如ごとき等とうの供く養ようの具ぐを持じちて、往ゆきて佛ぶっ所しょに至いたり佛ぶつ足そくを稽けい首しゅし、百ひゃく千せん匝そうを遶めぐりて佛ぶつに白もうして言もうさく、世せ尊そん、我われ等今いまは佛ぶつ及び僧そうの爲ために諸もろもろの供く具ぐを辦べんず。唯ただだ願ねがわくは如にょ來らい哀あわれみて我わが供くを受うけたまえと。如にょ來らい默もく然ねんとして許きょ可かしたまわず。諸もろもろの離り車しゃ等ら願ねがう所ところを果はさず。心こころに愁しゅう惱のうを懷いだく。佛ぶつの神じん力りきを以もって地ちを去さること七しち多た羅ら樹じゅ、虚こ空くうの中なかに於おいて默もく然ねんとして住じゅうしたもう。爾その時ときに復また五ご恒ごう河が沙しゃの大だい臣じん長ちょう者じゃ有り。大だい乘じょうを敬きょう重じゅうす。若もし異い學がくの正しょう法ぼうを謗ぼうる者もの有らば、是この諸しょ人にん等ら力ちから能よく摧さい伏ぶくすること猶なお雹ひょう雨うの草そう木もくを摧さい折せつするが如ごとし。其その名なを日にっ光こう長ちょう者じゃ、護ご世せ長ちょう者じゃ、護ご法ほう長ちょう者じゃと曰いう。是かくの如ごときの等とう、上じょう首しゅと爲なる。設もうくる所ところの供く具ぐは前まえに五ご倍ばいせり。倶ともに共ともに持じして雙そう樹じゅの間あいだに詣けいり、佛ぶつ足そくを稽けい首しゅして百ひゃく千せん匝そうを遶めぐり、佛ぶつに白もうして言もうさく、世せ尊そん、我われ等今いまは佛ぶつ及び僧そうの爲ために諸もろもろの供く具ぐを設もうく。唯ただだ願ねがわくは哀あい愍みんして我われ等が供くを受うけたまえと。如にょ來らい默もく然ねんとして之これを受うけたまわず。諸もろもろの長ちょう者じゃ等ら願ねがう所ところを果はさず心こころに愁しゅう惱のうを懷いだく。佛ぶつの神じん力りきを以もって地ちを去さること七しち多た羅ら樹じゅ、虚こ空くうの中なかに於おいて默もく然ねんとして住じゅうしたもう。

爾その時ときに復また毘び舍しゃ離り王おう及び其その後こう宮ぐう夫ぶ人にん眷けん屬ぞく有り。閻えん浮ぶ提だいの内うち、所有あらゆる諸しょ王おう、阿あ闍じゃ世せ并びに城じょう邑おう聚じゅ落らくの人にん民みんを除のぞく。其その名なを月がち無む垢く王おう等とうと曰いう。各おのおの四し兵ぴょうを嚴ごんえて佛ぶっ所しょに往ゆかんと欲ほっす。是この一いち一いちの王おう各おのおの一いち百ひゃく八はち十じゅう萬まん億おくの人にん民みん眷けん屬ぞく有り。是この諸もろもろの車しゃ兵ぴょうは駕がするに象ぞう馬めを以もってす。象ぞうに六ろく牙げ有り馬うまは風かぜの如ごとく疾とし。莊しょう嚴ごんの供く具ぐは前まえに六ろく倍ばいせり。寶ほう蓋がいの中なかに極きわめて小ちいさき者もの有り。周しゅう匝そう縱じゅう廣こう八はち由ゆ旬じゅんに滿みつ。幡はたの極きわめて短みじかき者ものは十じゅう六ろく由ゆ旬じゅんなり。寶ほう幢どうの下ひくき者ものは三さん十じゅう六ろく由ゆ旬じゅんなり。是この諸しょ王おう等ら正しょう法ぼうに安あん住じゅうして邪じゃ法ぽうを惡お賤せんす。大だい乘じょうを敬きょう重じゅうし深ふかく大だい乘じょうを樂ねがう。衆しゅ生じょうを憐あわ愍れみすること一いっ子しの如ごとし。持もつ所ところの飮おん食じきの香こう氣き流る布ふして四し由ゆ旬じゅんに滿みつ。亦また晨じん朝じょう日ひ初はじめて出いづる時ときに於おいて、是かくの如ごとき種しゅ種じゅの上じょう妙みょうの甘かん饍ぜんを持じちて雙そう樹じゅの間あいだに詣けいり如にょ來らいの所ところに至いたる。佛ぶつに白もうして言もうさく、世せ尊そん、我われ等佛ぶつ及び比び丘く僧そうの爲ために是この供く具ぐを設もうく。唯ただだ願ねがわくは如にょ來らい、哀あい愍みんして我わが最さい後ごの供く養ようを受うけたまえと。如にょ來らい時ときを知しりて亦また許きょ可かしたまわず。是この諸しょ王おう等ら願ねがう所ところを果はさず、心こころに愁しゅう惱のうを懷いだきて却しりぞきて一いち面めんに住じゅうす。

爾その時ときに復また七しち恒ごう河が沙しゃの諸しょ王おう夫ぶ人にん有り。唯ただ阿あ闍じゃ世せ王おう夫ぶ人にんを除のぞく。衆しゅ生じょうを度どせんが爲ために現げんに女にょ身しんを受うく。常つねに身しん行ぎょうを觀かんじ、空くう・無む相そう・無む願がんの法ほうを以もって常つねに其その心こころを薫くん修じゅす。其その名なを三さん界がい妙みょう夫ぶ人にん、愛あい徳とく夫ぶ人にんと曰いう。是かくの如ごとき等とうの諸しょ王おう夫ぶ人にん、皆みな悉ことごとく正しょう法ぼうの中なかに安あん住じゅうす。禁ごん戒かいを修しゅ行ぎょうして威い儀ぎ具ぐ足そくせり。衆しゅ生じょうを憐あわ愍れみすること一いっ子しの如ごとし。各おのおの相あい謂いいて言いわく、今いま宜よろしく速すみやかに世せ尊そんの所ところに往おう詣けいすべしと。諸しょ王おう夫ぶ人にんの設もうくる所ところの供く養ようは前まえに七しち倍ばいせり。香こう花げ・寶ほう幢どう・繒ぞう綵さい・幡ばん蓋がい・上じょう妙みょうの飮おん食じきなり。寶ほう蓋がいの小ちいさき者ものは周しゅう匝そう縱じゅう廣こう十じゅう六ろく由ゆ旬じゅんなり。幡はたの最もっとも短みじかき者ものは三さん十じゅう六ろく由ゆ旬じゅんなり。寶ほう幢どうの卑ひくき者ものは六ろく十じゅう八はち由ゆ旬じゅんなり。飮おん食じきの香こう氣き周しゅう遍へん流る布ふして八はち由ゆ旬じゅんに滿みつ。是かくの如ごとき等とうの供く養ようの具ぐを持じちて、如にょ來らいの所ところに往ゆき佛ぶつ足そくを稽けい首しゅし、百ひゃく千せん匝そうを遶めぐりて佛ぶつに白もうして言もうさく、世せ尊そん、我われ等佛ぶつ及び比び丘く僧そうの爲ために是この供く具ぐを設もうく。唯ただだ願ねがわくは如にょ來らい、哀あい愍みんして我わが最さい後ごの供く養ようを受うけたまえと。如にょ來らい時ときを知しりて默もく然ねんとして受うけたまわず。時ときに諸もろもろの夫ぶ人にん願ねがう所ところを果はさず心こころに愁しゅう惱のうを懷いだき、自みずから頭とう髮ぱつを拔ぬき胸むねを搥うちて大おおいに哭こくす。猶なお慈じ母もの新あらたに愛あい子しを喪うしなえるが如ごとし。却しりぞきて一いち面めんに住じゅうして默もく然ねんとして坐ざす。

爾その時ときに復また八はち恒ごう河が沙しゃの諸もろもろの天てん女にょ等とう有り。其その名なを廣こう目もく天てん女にょと曰いい、上じょう首しゅと爲なる。是かくの如ごとき言げんを作なさく、汝なんじ等諸しょ姊し、諦あきらかに觀みよ諦あきらかに觀みよ。是この諸しょ人にん衆しゅの設もうくる所ところの種しゅ種じゅの上じょう妙みょうの供く具ぐは、如にょ來らい及び比び丘く僧そうに供く養ようせんと欲ほっす。我われ等も亦また當まさに是かくの如ごとく微み妙みょうの供く具ぐを嚴ごん設せつして如にょ來らいを供く養ようすべし。如にょ來らい受うけ已おりて當まさに涅ね槃はんに入いりたまうべし。諸しょ姊し、諸しょ佛ぶつ如にょ來らいの出しゅっ世せ甚はなはだ難かたく、最さい後ごの供く養ようも亦また復またた倍ばいして難かたし。若もし佛ぶつ涅ね槃はんしたまわば世せ間けん虚こ空くうならん。是この諸もろもろの天てん女にょ、大だい乘じょうを愛あい樂ぎょうし大だい乘じょうを聞きかんと欲ほっす。聞きき已おりて亦また能よく人ひとの爲ために廣こうく説とく。大だい乘じょうを渇かつ仰ごうして既すでに自みずから充じゅう足そくし、復また能よく餘よの渇かつ仰ごうする者ものを充じゅう足そくせしむ。大だい乘じょうを守しゅ護ごす。若もし異い學がくの大だい乘じょうを憎ぞう嫉しつする者もの有らば、勢いきおい能よく摧さい滅めつすること雹ひょうの草くさを摧くだくが如ごとし。戒かい行ぎょうを護ご持じして威い儀ぎ具ぐ足そくせり。善よく能よく一いっ切さい世せ間けんに隨ずい順じゅんす。未いまだ度どせられざる者ものを度どし、未いまだ脱だっせざる者ものを脱だっせしめ、未み來らい世せに於おいて當まさに法ほう輪りんを轉てんずべし。三さん寶ぼうの種しゅを紹つぎて斷だん絶ぜつせざらしめ、大だい乘じょうを修しゅ學がくす。大だい莊しょう嚴ごんを以もって自みずから莊しょう嚴ごんし、是かくの如ごとき無む量りょうの功く徳どくを成じょう就じゅす。等ひとしく衆しゅ生じょうを慈いつくしむこと一いっ子しを視みるが如ごとし。亦また晨じん朝じょう日ひ初はじめて出いづる時ときに於おいて、各おのおの種しゅ種じゅの天てん木もく香こう等とうを取とる。人にん間げんの所有あらゆる香こう木もくに倍ばいせり。其その木きの香こう氣き能よく人にん中ちゅうの種しゅ種じゅの臭しゅう穢わいを滅めっす。白びゃく車しゃ白びゃく蓋がい駕がするに四し白びゃく馬めを以もってす。一いち一いちの車しゃ上じょうに皆みな白びゃく張ちょうを張はる。其その張ちょうの四し邊ぺんに諸もろもろの金こん鈴れいを懸かく。種しゅ種じゅの香こう花げ・寶ほう幢どう・幡ばん蓋がい、上じょう妙みょうの甘かん饍ぜん、種しゅ種じゅの伎ぎ樂がくあり。師し子しの座ざを敷しく。其その座ざの四し足そく純もっぱら紺こん琉る璃りなり。其その座ざの後うしろに各おのおの皆みな七しち寶ほうの倚い床しょう有り。一いち一いちの座ざの前まえに復また金こん机き有り。復また七しち寶ほうを以もって燈とう樹じゅと爲なす。種しゅ種じゅの寶ほう珠じゅを以もって燈とう明みょうと爲なす。微み妙みょうの天てん花げ其その地ちに遍へん布ふす。是この諸もろもろの天てん女にょ是この供くを設もうけ已おりて、心こころに哀あい感かんを懷いだき涕てい涙るい交こう流るして大だい苦く惱のうを生しょうず。亦また衆しゅ生じょうを利り益やく安あん樂らくならしめんが爲ために、大だい乘じょう第だい一いちの空くう行ぎょうを成じょう就じゅし、如にょ來らいの方ほう便べん密みっ教きょうを顯けん發ぽつす。亦また種しゅ種じゅの説せっ法ぽうを斷だんぜざらんが爲ために、佛ぶっ所しょに往おう詣けいして佛ぶつ足そくを稽けい首しゅし、百ひゃく千せん匝そうを遶めぐりて佛ぶつに白もうして言もうさく、世せ尊そん、唯ただだ願ねがわくは如にょ來らい、哀あわれみて我われ等が最さい後ごの供く養ようを受うけたまえと。如にょ來らい時ときを知しりて默もく然ねんとして受うけたまわず。諸もろもろの天てん女にょ等ら願ねがう所ところを果はさず心こころに憂ゆう惱のうを懷いだき、却しりぞきて一いち面めんに在ありて默もく然ねんとして坐ざす。

爾その時ときに復また九く恒ごう河が沙しゃの諸もろもろの龍りゅう王おう等とう有りて四し方ほうに住じゅうす。其その名なを和わ修しゅ吉きつ龍りゅう王おう、難なん陀だ龍りゅう王おう、婆ば難なん陀だ龍りゅう王おうと曰いい、上じょう首しゅと爲なる。是この諸もろもろの龍りゅう王おうも亦また晨じん朝じょう日ひ初はじめて出いづる時ときに於おいて、諸もろもろの供く具ぐを設もうくること人にん天てんに倍ばいせり。持じちて佛ぶっ所しょに至いたり佛ぶつ足そくを稽けい首しゅし、百ひゃく千せん匝そうを遶めぐりて佛ぶつに白もうして言もうさく、唯ただだ願ねがわくは如にょ來らい、哀あわれみて我われ等が最さい後ごの供く養ようを受うけたまえと。如にょ來らい時ときを知しりて默もく然ねんとして受うけたまわず。是この諸もろもろの龍りゅう王おう願ねがう所ところを果はさず、心こころに愁しゅう惱のうを懷いだきて却しりぞきて一いち面めんに坐ざす。

爾その時ときに復また十じゅう恒ごう河が沙しゃの諸もろもろの鬼き神じん王おう有り。毘び沙しゃ門もん王おう上じょう首しゅと爲なる。各おのおの相あい謂いいて言いわく、仁にん等ら今いまは速すみやかに佛ぶっ所しょに詣けいずべしと。設もうくる所ところの供く具ぐは諸もろもろの龍りゅうに倍ばいせり。持じちて佛ぶっ所しょに往ゆき佛ぶつ足そくを稽けい首しゅし、百ひゃく千せん匝そうを遶めぐりて佛ぶつに白もうして言もうさく、唯ただだ願ねがわくは如にょ來らい、哀あわれみて我われ等が最さい後ごの供く養ようを受うけたまえと。如にょ來らい時ときを知しりて默もく然ねんとして許ゆるしたまわず。是この諸もろもろの鬼き王おう願ねがう所ところを果はさず、心こころに愁しゅう惱のうを懷いだきて却しりぞきて一いち面めんに坐ざす。