真宗大谷派西敬寺

本願(ほんがん)

過去または以前に立てられた誓願。<宿願>ともいう。仏になる以前、すなわち菩薩として修行中のとき立てられた仏の誓願をいう。たとえば阿弥陀仏の誓願とは、法蔵菩薩として修行中のとき立てられたものである。阿弥陀仏のほか広く諸仏・諸菩薩についても説かれ、むしろ大乗仏教では、大乗の修行者としての菩薩の誓願が、修行と廻向(えこう)とともに、その特質を示すものとして強調されている。なお、本来の願いを意味する一般語としても広く用いられ、限定的には、その願いを具体化した寺院の創立者や、造仏供養などの施主の称とすることもある。およそ四十八願、皆本願なりといへども、殊に念仏をもって往生の規(のり)とす[選択集]従来(むかしより)この穢土(えど)を厭離(えんり)す。本願をもちて生をその浄刹に託(よ)せむ[万葉(5)](岩波仏教辞典)